「二ノ宮さーん、お客さまからお電話です」
「あー?」
「スタッフの依頼なんですけども、二ノ宮さんご指名でとのことです」
「何て人?」
「北条様です」
「…知らないなあ」
「でも、ご指名とのことだそうで」
「簡単に言うけどさあ、知らない人があたしを指名って言うのは、他の人の紹介でしょー?
紹介された人があたしのやり方を気に入らなくてクレームになったの、何回あったと思ってんの」
「いやー、私にそう言われましてもー」
「あーいい。代わる。ちょーだい」
「すいませーん」
「あ、二ノ宮さんですか?あのー私、北条と言うものですが二ノ宮さんにスタッフを依頼したくてお電話さし上げました」
「ありがとうございます。どなたかのご紹介でしょうか?」
「はい、知人が前に二ノ宮さんにスタッフを紹介していただいて、よかったと聞きまして先日私も会員登録をいたしました」
「それは、誠にありがとうございます。ご期待に添えるよう努力させていただきます。北条様、会員番号はご存知ですか?」
「2444番です」
「2444番ということですね、かしこまりました。北条悠太郎様ですね」
「はい、そうです」
「それでは北条様、スタッフ依頼についてお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「はい、あの、これは私のためのスタッフではなく、私の友人のために依頼してあげたいのです」
「北条様向けの手配ではなく、ご友人の方への代理依頼ということですね」
「そうなんです。で、私の友人が最近鬱病めいてきて、そばにいてとても心配なんですよ」
「ご友人の方が鬱病のようになってしまい、心が痛ましいということですね」
「はい、はい。それで、友人を励ますために、私だけでは心もとないので、スタッフの方に数名来ていただき、彼を励ましてほしいんです」
「わかります。北条様だけではなく、弊社のスタッフ数名により、ご友人を励ますのですね」
「そうです。ただ、勘違いしてほしくないのは、安易に『励ます会』などというような程度の低い集まりの中ではなく、彼をとりまく半年以上のスパンでひと月に一回あるかないか、くらいのペースで、そうですね、例えば彼の職場で、噂話でもいいんですが、『あの人こないだ電車の中でお年寄りに席譲ってたんですけど、そのとき熱が38度あったんですってー。思いやりのある人よねえー』とか、言ってもらいたいんです」
「ふーむ。安易に『励ます会』などを開催するのではなく、半年以上の期間において、月1以下のペースで噂話のような形で挟み込むのですね。例えば、ご友人の方の職場で、『あの人こないだ電車の中でお年寄りに席譲ってたんですけど、そのとき熱が38度あったんですってー。思いやりのある人よねえー』と言わせるとか」
「他には、コンビニのレジで、『この前、銀行の自転車置き場で強風で倒れていた自転車をご自分のだけでなく全部元に戻していましたよね?ああいうのはなかなかできないですよ』と、ふと店員がつぶやくとか」
「『この前、銀行の自転車置き場で強風で倒れていた自転車を全部元に戻していましたよね?ああいうのはなかなかできないですよ』とコンビニの店員がレジでつぶやく、と。わかります」
「あとは、『北条さーん偉いですねえ、見ましたよ?新年会でみんなが散らかした宴会席、ひとりで片づけてましたよね!本当、お店のことも考えてるんですねー!感動しちゃいました』とか」
「北条様、今、ご友人のお名前が『北条さん』だったような気がするのですが」
「いいえ?気のせいです」
「気のせいでしょうか。それは失礼しました」
「まあ、彼も大変というか、かわいそうなんですよ。ぶっきらぼうで人見知りが激しいから、たまにそういう気のきいたことをしたり、身を削って何かに親身になっているのに周りは見ていないし、そういうことを初めからする人間でないと偏見をもたれたり、ああ、俺は実はこんなに優しいのになあ、彼の不満は募るばかりですよ。それは鬱にもなりますよ。彼は本当に優しいんです。いい人なのにねえ。ああ、私はこんな環境に取り囲まれてつらい思いをしているのが本当に嫌になりましたよ」
「…そうですね」
「だってそうじゃないですか。仮に『俺、こないだ駅の階段で重い荷物を持ったおばあちゃんに一声かけ、荷物を持って降りてあげた。どうだい実は俺は優しいんだぜ?』と言ったところで、『うそばっかり』、とか、『作り話乙』とか、信じてもらえたとしても『そういうことを自分で言うからダメなんですよ』って言われたり。じゃあどうやって私がそんな親切をしたことが周りに伝わるというのでしょう。誰も見ちゃいねえし、口で言っても正当に評価されないし。じゃあどうやって私が心の清い人間だということをみんなに伝えることができるというのでしょう。あ、これは22歳の時の話ですが」
「北条様、先ほどから誰に向かって話をしていらっしゃるのですか」
「いえいえ、独り言ではありません。だっておかしいでしょう。私は自分がアメリカ人に生まれればよかったと思いますよ。間違いなく自己主張しても決して顰蹙を買わないでしょうに。ヘーイジョニー、俺、こないだバスの中で1万円をくずせなくてもうすぐ出発だ、どうしようっておろおろしてる女子大生がいたから1千円札をいっぱい持ってた俺は両替してあげたんだぜ?あのときは参ったよー、何度も『ありがとうございます』って、彼女がバス降りるときまで言われて。本当かいフォックス?そいつぁすげえや、キミのテンダーハートにはオージービーフもまっ青さ!HAHAHAHAHA!とか言われて、みんなが私を称賛してくれるでしょうに。あ、これは去年の話ですが」
「北条様、先ほどから誰に向かって話をしていらっしゃるのですか」
「いえいえ、だから私はそういう社会が嫌でしょうがなくなるときがあるんです。でも大丈夫、こちらのスタッフを手配していただいて私を、いや彼をときおり励ましてもらえるんであればこんな不安やカオスな気分ももうすぐ消失することでしょうて。あどのー♪ゆあのどぅりーぃーいまぁー♪いやあ、夢が広がるなあ」
「北条様、失礼ですが以前私とお会いしたことはなかったでしょうか」
「いえいえ、二ノ宮さんとは今日がはじめてです」
「そうですか。それは失礼いたしました」
「例えば二ノ宮さん、あなたが新宿のダーツバーで投げっぱなし980円で遊んでいたとします。一緒に来ていた友達がトイレに行きました。となりのライヴでやっている大学生が暴投してしまいこちらの台にダーツが飛んできて落下した先は自分が遊んでいる台の真下の隙間で、入り込んでしまったと。当然あなたも隣も集まってその下のダーツを拾おうと思うでしょう。しかし奥に入り込んで取れない。店員はレジにはまっておりすぐに来れない。そのとき、腕の長いあなたは床にはいつくばってボールペンを手に持ち、擦り傷を負いながら隙間をひっかきまわしやっとこさダーツを拾って隣に渡します。『ありがとうございます!』と言われるでしょう。しかしその2,3分後に隣の大学生はもう帰ろうぜ、とぞろぞろ帰り出しました。あなたには、『すいません、ありがとうございました!』と。そして彼らがいなくなってトイレから友人が戻ってきます。そしてあなたは武勇伝のように『これこれこうなってダーツ拾ってやったんだぜ?手の甲に擦り傷できちゃったよ』と言います。そして友人は『ふーん。大変だったね』と無関心に言います。そんな理不尽な話がありますか」
「北条様、わたくし、知人からそのような全く同じ話を聞いた記憶がなんとなく残っているのですが」
「いえいえそれは偶然でしょう。例えばこんなこともありました。私は昨日、一昨日と入念にクッキーとパウンドケーキと焼きメレンゲを作っていました。わざわざきび砂糖とアーモンドプードルと高級無塩バターを買って。バターの融解がこの気温のため悪くレンジや湯煎を活用し必死で初めて作るスイーツ(笑)に苦難し、やっとこさ焼きあがったと思ったら予想以上に見栄えが悪く味も自分好みではなかった。どうしようどうしよう大丈夫かなあ、クッキーもレシピを崩して5分長めに焼いて文句を言われないようにしたら、自分が求めていたのとは別のものができてしまった。ああ、おいしいと言ってくれるかなあ、食べてくれるかなあ、とそんな気持ちで持っていったら藤沢の職場と鎌倉の職場では非常にウケがよくあなたはやっと微笑みます。そして最後に湘南台に持って行ったら仲のよいバイトがほとんどおらず、面識が薄い人ばかりでさきほどの2店舗と比べそこまで喜ばれなかった。そしてめんどくせえ同僚の社員に『この人はこういうもんを徹夜して作ってきて、こないだ遅刻してたからねえ。本当すごいと思うよ』と言われたとしましょうか。私が破壊衝動に駆られたとして、誰が責められるというのでしょう」
「あなた、うちの社長でしょう?」