鳩山由紀夫元首相が活動名を「友紀夫」に変更 「友愛」の一字を取って
鳩山由紀夫元首相は4日、自らの政治信条である「友愛」の一字を取って政治活動名を「鳩山友紀夫」に変更する考えを明らかにした。
読み方は「ゆきお」で変わらない。北海道室蘭市の後援会会合で語った。
変更の理由について記者団に「友愛精神が十分に伝わっていない」と説明。
「東日本大震災で絆の大事さに気付いた。絆はまさに友愛だ。名前に『友』を入れて
理解を深めたい」と述べた。戸籍名を変更するかどうかは、家庭裁判所と協議するという。
もういいから誰かこいつの公民権を停止しろ。はやく。
おはようございます。こんにちは。こんばんは。
魅力的なことわざ講座No.11 <毒を食らわば皿まで>
(意味)
A:毒を口にしてしまったら、(吐いて)皿まで戻してしまえ、という意味。
転じて、アルコールに弱い人について翌日の二日酔いなどを気に病むくらいならもうそこで吐いちゃえよ、という戒めの一種。ウコンの力がメジャーになった2004年ごろより下火になりつつある言い回しのひとつ。
B:不苦労先生が主たる学会コミュニティにて2011年に急に台頭し始めた原意で、「食らわば」の「らわば」の部分に着目し、これは「くわばらくわばら」あるいは「うわらば」の言語変遷によるものではないか、という説。
しかしながらこの読み取りにはもちろん無理があり、「くわばら~」は雷が落ちないようにとのまじない、「うわらば」はアミバの断末魔にすぎず意味は存在しない、という批判を受けている。
しかしながらこの考え方は決して間違ってはおらず、文意そのものの構成にケチをつけるという点では国際ネトウヨ協会副理事長のナタリー・コール子爵による大胆な一説が存在する。
それは、
「毒を食らわば皿まで」
「どくをくらわばさらまで」
「どくを くら わ ばさら まで」
「毒男 倉 は 婆娑羅 まで」
なんということであろう。すなわち、「独身男性、倉は婆娑羅 まで」という文章になったではないか。
しかし、このままでは意味が通じない。まず、「婆娑羅」より説明するとド派手で変な服を着る、という意味がひとつである。確かに毒男は引きこもりか自宅警備員であるため、「中学のときに買った服しかなかった」「ハローワークに着ていく服がない」等の言い回しが有名なように服装について造詣はなく、変な服、奇抜な服を持っていることは間違いない。
では、「倉」とはなんなのだろうか。ここで我々は子爵の恐るべき読解力を肌で感じることとなる。
子爵はこう仰った。
「倉とは、私の20余年の研究で出た仮説として、くら寿司のことではないのかしら」